詩の国秋田 創刊10周年・記念号:Akita-the Land of Poetry 2018.11.vol.10 Memorial Number

 

 

 

巻頭言

「詩の国秋田」第10号を発行するにあたり、「第29回国民文化祭・あきた2014」の県民参加事業として開催された第3回日露俳句コンテスト及び国際俳句大会にご協賛いただき、その後も協賛団体としてご指導ご協力をいただいてきた秋田商工会議所会頭の三浦廣巳様から巻頭の言葉を賜りました。

 

 

日露俳句コンテストに寄せて

秋田商工会議所 会頭 三浦廣巳

 

第7回日露俳句コンテストおよび第4回国際俳句大会の成功を心からお祝い申しあげます。

秋田商工会議所は、ロシア極東に最も近い港をもつ地理的な強みを活かし、環日本海地域の交流拠点としての秋田の発展を目指して、日本海対岸のロシア沿海地方および中国延邊朝鮮族自治州との3地域経済交流に取り組んでいます。

平成24年11月、ウラジオストクに拠点を置く、ロシア沿海地方商工会議所との間で経済交流に関する覚書を締結して以来、交流拡大に向け相互訪問を重ねてきました。(国内の商工会議所で、ロシアの商工会議所と交流協定を交わしているのは、日本商工会議所とロシア連邦商工会議所との提携を除いては、秋田商工会議所だけです。)

さらに、平成26年には、秋田商工会議所、ロシア沿海地方商工会議所、中国国際貿易促進委員会延辺支会の3地域経済団体による第1回経済交流会議を秋田市で開催し、以降、各地域持ち回りで毎年継続しています。このような地道な取り組みが実り、ロシア沿海地方へ秋田県産米が輸出され、現地のスーパーマーケットで販売されているほか、今年10月には、ロシア沿海地方から家畜用飼料の輸入がはじまりました。

秋田とロシア沿海地方との交流は、8世紀の渤海国(現在の中国東北部から朝鮮半島北部、ロシア沿海地方)との交流に遡ります。当時は、秋田城が北方や大陸との交易・外交の拠点となり、渤海国からの使節団を受け入れていました。昨年、沿海地方商工会議所の代表団を秋田市へ招聘した際には、秋田城跡を案内し、お互いの交流のルーツを確認し合いました。

海外との経済交流を進めるには、お互いの地域の歴史や文化を理解し合い、信頼関係を築くことからはじめなければなりません。そのためには、両地域間の人的交流、文化交流の活発化が不可欠です。平成24年から続く日露俳句コンテストは、まさに言語や文化の違いを超えた、心の通じ合える交流であると思います。

8世紀から続く、海を越えた交流が今後も永続し、お互いの地域の発展につながるよう、俳句・川柳・短歌を通じた交流活動のますますの活発化を期待しております。

 最後に、第7回日露俳句コンテストの秋田商工会議所会頭賞に選ばせていただいた句を紹介します。

 

「渤海へ続く卯波や遺跡群」 櫻田北投石(秋田県)

 

日露俳句コンテスト 余話

 

虹の架け橋

2011(平成23)年9月、秋田県・ロシア沿海地方文化交流事業の一環としてウラジオストク日本センターを拠点としてロシアの市民や学生と俳句を通した文化交流が行われました。

2012(平成24)年5月には文化交流の継続事業として、さらに秋田市・ウラジオストク市姉妹都市提携10周年の記念や石井露月生誕140年記念として日露俳句コンテストが開催されました。その上、主催者には秘められた思いがありました。日露戦争、そして第二次世界大戦を経て60有余年に当たり、日本とロシアの間に虹のような文化の架け橋をかけることでした。テーマを「海」として日本語部門に370句、ロシア語部門に58句、計428句が寄せられました。

2013(平成25)年5月には英語部門が加わり英語ハイクが世界各国から寄せられるようになり、本年の第7回目のコンテストには56カ国から862句が寄せられました。多くの人たちが虹の架け橋を渡っていることが実感されました。近年、彫刻の分野でも日露間の文化交流が促進されていることを知り、二重の喜びになっています。

 

コンテストの賞について

秋田国際俳句・川柳・短歌ネットワーク主催の初回のコンテストのために秋田県知事賞、秋田市長賞、秋田市教育委員会教育長賞が日本語、ロシア語の両部門の対象句に贈呈されました。ネットワークからは「露月山人国際賞」が贈呈され、副賞としてロシア語部門の受賞者が秋田市に招待されました。

2011(平成23)年のウラジオストク市での俳句交流においてJAL財団主催の「世界こどもハイクコンテスト」への応募の呼びかけを東方学校の子供たちに行ったことが縁となり、両部門の対象句に「JAL財団賞」が贈呈されました。副賞の一部として作品集・地球歳時記が贈呈されました。

 

 

さらに、ウラジオストク日本センター賞が日本からの応募者の優秀句10句に贈呈されました。副賞として帆船ナジェダ号のメダルが1890(明治23)年にウラジオストク市に建学された海洋国立大学から贈呈されました。「ナジェダ」はロシア語で「希望」という意味です。

 

国文祭記念・第3回日露俳句コンテストの開催時には、秋田県知事賞、秋田市長賞、JAL財団賞の他に、秋田商工会議所会頭賞、国際教養大学学長賞、秋田魁新報社社長賞、天為秋田支部長賞が日本語、ロシア語、英語の3部門の対象句に贈呈されました。

 

日露両国での俳句大会

2012(平成24)年9月、秋田とウラジオストクの両市で日露俳句大会が表彰式を兼ねて開催されました。

9月22日(土)に開催された秋田大会では、日露俳句コンテストの入賞作品の紹介や表彰が行われました。次に、一般市民有志の援助のお蔭で講師として招聘されたスレイメノヴァ・アイーダ極東連邦大学准教授、アレクサンダー・ドーリン国際教養大学教授、幸野稔秋田大学名誉教授、石川三佐男秋田大学教授、手島邦夫秋田工業高等専門学校教授による記念講話や詩歌朗詠などが行われました。千秋公園における吟行、句会もありました。さらに、秋田県国際俳句協会主催の日露俳句交流の夕べも開催されました。翌日23日(日)には秋田城跡を訪問、日露の交流の歴史を振り返りました。

 

以下、秋田大会の一部を紹介します。

 

スマローコヴァ・オリガさんが露月山人国際賞を受賞

 

 

オリガさんから秋田県への絵画の寄贈

 

 

市民の有志による副賞「秋田あくらビール」の贈呈

 

 

詩歌朗詠

 

 

日露俳句交流の夕べ

 

 

秋田城跡(1)

 

 

秋田城跡(2)

 

 

秋田城跡(3)

 

 

ウラジオストク大会

 

9月29日(土)に開催されたウラジオストク大会には、秋田県国際交流協会の援助のお蔭で幸野稔秋田大学名誉教授と手島邦夫秋田工業高等専門学校教授が参加され、日露俳句コンテストの入賞作品の紹介や表彰、さらに記念講話、詩歌朗詠や俳句発表会も行いました。

大会中ウラジオストク日本センターの茶道クラブ「一期一会」によるお茶会に出席、在ウラジオストク日本国総領事館主催の夕食会に招待されました。

注:役職名は事業実施の時点でのもの

 

極東連邦大学における俳句講演会

 

2013(平成25)年10月、虹の架け橋を再び渡ることになりました。一行はマーク・ウイリアムズ国際教養大学副学長、工藤一紘石井露月研究会会長、相場いぶき国際教養大学講師、そして蛭田秀法国際俳句交流協会会員の4名でした。

10月12日(土)極東連邦大学の図書館において第2回日露俳句コンテストの入賞作品の紹介や表彰、各講師による講演や発表が行われました。

入賞者との記念写真

 

翌日、スレイメノヴァ・アイーダ極東連邦大学准教授の案内でルースキー島に渡り、2012(平成24)年のロシア APECの施設がそのまま転用された極東連邦大学のキャンパスを視察。

ウラジミル・クズネツォヴ地域・国際研究学部長を表敬訪問。その後、日本語の授業を3教室で参観。夕方、ウラジオストク日本センター主催の夕食会に招待されました。

 

シュネルコ・アレクサンダー日本学部長の授業

 

 

ガーナとのテレビ電話で表彰を中継!

 

2014(平成26)年10月25日(土)国際教養大学で国文祭記念・国際俳句大会が開催されました。第3回日露俳句コンテストの入賞作品の紹介と表彰も行われました。英語部門の秋田商工会議所会頭賞を受賞されたガーナの俳句詩人アジェイ・アゲイ・バーさんとテレビ電話で受賞の喜びを分かち合いました。秋田は午後2時30分頃、早朝のガーナの地には家族、知人、友人が集まり歓呼の声を挙げながら祝福されたとのこと。

2015(平成27)年アジェイさんはナイジェリアの句友とともにアフリカの地にAfrica Haiku Networkを設立され、世界中の俳句詩人とともに英語ハイクを分かち合っています。

 

 

https://africahaikunetwork.wordpress.com/

 

2016(平成28)年アジェイさんはアメリカのRed Moon Pressから句集“Afriku”を出版されました。

 

 

秋田国際ハイクジャーナルSerow(かもしか)の誕生!

 

2015(平成27)年10月13日(火)国文祭成果継承事業として第2回国際俳句大会が国際教養大学で開催されました。第4回日露俳句コンテストの入賞作品の紹介や表彰、俳句ワークショップが行われました。英語部門の国際教養大学学長賞がグラフストロム・ベン秋田大学教育推進総合センター講師の句に与えられました。

 

 

2018(平成30)年6月、ベン先生はウェブサイト“The Akita International Haiku Network”のジャーナルを編集者として発行しました。

 

 

https://akitahaiku.com/2018/06/13/journal-of-the-akita-international-haiku-network-serow/

 

クロアチア作家の貢献

 

2011(平成23)年1月ウェブサイト上で“International Haiku New Year’s Festival 2011”「国際ハイク新年フェスティバル2011」を開催しました。16カ国から139句が新年の祝句として寄せられました。投句数は次の通りでした。アメリカ(40)、日本(27)、クロアチア、ルーマニア(15)、セルビア(9)、イギリス(8)、カナダ、インドネシア(5)、モンテネグロ、フランス、トリニダード・トバゴ、フィンランド、オーストラリア、ガーナ(2)、ドイツ、インド(1)

2012(平成24)年12月17日、「国際ハイク新年フェスティバル2011」に参加されたクロアチアの作家ジュルジャ・ヴーケリッジ=ロジッチさんから新年の俳画カードとメッセージが届きました。

 

 

メッセージ

 

Dear Hidenori-san,

 

sending you best wishes and a short prayer for the Year of Dragon, about to enter our lives:

 Enrich people’s lives with love, Peace and food for all!

Let Nature be kind to humanity!

Please, teach mankind to care for Nature!

Present men/women with willingness to forgive and help each other!

 Wishing you a good health, much joy in your work and friendships,

sincerely

Djurdja Vukelic Rozic, Ivanic Grad, Croatia

 

2012(平成24)年5月に日露俳句コンテスト開催に対するお祝いとして“An unmown sky An Anthology of Croatian Haiku Poetry 1996. – 2007.”をご恵贈いただきました。次回のコンテストから英語部門を加えて欲しいという要望も届けられました。

 

 

作品集には167名の俳句詩人の紹介や作品が掲載されていますが、ここでは、“Višnja MacMaster (Croatia), Haiku In Education: A Case Study in Croatia – Haiku as therapy for war trauma, and as a means of encouraging free thinking in a new democracy” というように紹介されているビスニア・マクマスターさんのページを紹介します。マクマスターさんは 「’02世界俳句フェスティバルin 雄和」に参加された作家で独自に考案した Haiku Game を大会で紹介。雄和の子供たちとハイクによるカルタ・ゲームをされたことでよく知られています。

 

 

2018(平成30)年11月19日 “An unmown sky An Anthology of Croatian Haiku Poetry 2008. – 2018.”が郵送されて来ました。今年度、第7回日露俳句コンテストの成果のお祝いとしてご恵贈いただきました。第2回日露俳句コンテストに英語部門が加えられてから今回のコンテストまで毎回クロアチアの多くの作家による句が寄せられました。特に、今回は入賞者1名、入選者3名という素晴らしい結果でした。

 

 

Here is a piece of haiku among Djurdja Vukelic Rozic’s favorites in An Unmown Sky.

 

a kitten

with a medal

of a fish scale

 

by Enes Kišević

 

 

八幡秋田神社の加護

 

2013(平成25)年6月21日、郵便受けの中で分厚い大きな角形封筒を発見。表の宛名の下に書かれた「~第2回日露俳句コンテスト~作品在中」という大きな朱書きの文字が鮮やかに目に入って来ました。下欄には「川越市立福原中学校」という印字がありました。2年生95名による俳句コンテストの応募作品が入っていました。どのような状況で応募することになったのだろうか。埼玉県在住の句友や知人の顔が思い浮かびました。後日電話でお礼を申し上げ、担当の先生を紹介していただきました。全く予想外の事実が判明。運命の不思議さを感じることになりました。俳句コンテストの担当者は国語教諭の山本純人先生でした。

山本先生へのインタビューで応募に至る経緯が分かりました。偶然の重なりによる応募でした。山本先生がウェブサイトで「日露俳句コンテスト」について知ったことが契機でした。主催が「秋田県国際俳句協会」とあり、山本先生の祖父が秋田市千秋公園・久保田城址の本丸に建立されている「八幡秋田神社」の宮司であったことから強い関心を抱いたとのことでした。さらに、山本先生は大学時代ロシア語を学び、ロシアに興味を持ち続け、昨年の夏モスクワやサンクトペテルブルグを旅行。民芸品やロシア料理などに好感を持ったとのことです。決定的なことは、福原中学校が以前から「方言を使う俳句コンテスト」にずっと応募してきた背景があり、2年生に呼びかけたところ積極的に取り組んでくれたとのことでした。創りだす知性をもつ生徒になろうという学校目標が俳句の創作活動となって実践されています。爾来、本年の第7回日露俳句コンテストまで毎回100句以上の句が生徒たちから寄せられました。偶然の重なりとはいえ、運命的な何かを感じさせられる、うれしいコンテストになっています。

 

国民文化祭記念・国際俳句大会の反響

2014(平成26)年10月25日国際教養大学で第3回日露俳句コンテストの入賞句の発表と表彰、記念講演、国際俳句シンポジウムが行われました。翌日は、吟行と句会も行われました。大会の反響について紹介します。

 

記念講演

国際俳句交流協会会長の有馬朗人先生が「俳句のユネスコ無形文化遺産登録について」というテーマで記念講演をなされました。結論は下記の通りです。

 

2017(平成29)年4月24日(月)、俳句ユネスコ無形文化遺産登録推進協議会設立総会が東京で開催されました。結果、俳句ユネスコ無形文化遺産登録推進協議会規約が4月24日から施行され、目下、賛同される団体や自治体、さらに賛同される俳人や俳句愛好者が個々に実現のための運動を展開しています。

 

McMurray’s Report

国際俳句シンポジウム「国際俳句の今」のパネリストとして参加された鹿児島国際大学教授マクマレイ・デビッド先生は俳句の無形文化遺産登録をテーマとして英文で朝日新聞の ASAHI HAIKUIST NETWORK / DAVID McMURRAY : David McMurray’s Column にレポートを掲載。タイトルはSupport for UNESCO haiku bid, サブタイトルはDr. Arima’s full story and photograph by David McMurrayでした。

レポートは国際俳句交流協会のホームページでも紹介されています。

http://www.haiku-hia.com/special/david_mcmurray_en/support/

 

Let haiku be on the UNESCO list!

このタイトルは、大会後、海外の俳句詩人の方々から登録促進のためのメールや署名がたくさん寄せられたことにより、当ネットワークのホームページ“Akita International Haiku Network”において50回に及ぶ特集シリーズのものです。

2015(平成27)年1月10日に送られて来たクロアチアの句友ジュルジャ・ヴーケリッジ=ロジッチさんのメールが契機となりました。

https://akitahaiku.com/2015/04/20/let-haiku-be-on-the-unesco-list-6/

クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、モンテネグロ、セルビア、スロヴェニア、マケドニア、ルーマニア、アルゼンチン、インド、ガーナ、ナイジェリアなどから36通のメールが届きました。

さらに、ジュルジャさんから108名の俳句詩人の署名が郵送されて来ました。

2015(平成27)年5月17日 第2回国際俳句大会(ポーランド・クラクフ) 37名

2015(平成27)年6月13日 第19回俳句大会(クロアチア・ルドブレグ)  37名

2015(平成27年 9月12日 俳句大会(クロアチア・デルニス)       34名

 

国際俳句の今

2017(平成29)年11月、第7回ポーランド国際俳句コンテストの選考委員長を依頼されました。54カ国から366句が寄せられました。使用言語は英語です。

http://psh.org.pl/vii-pihc-2017-results/

Participants: Austria (3), Australia (12), Bangladesh (2), Belgium (1), Bosnia and Herzegovina (1), Brazil (3), Bulgaria (20), Canada (12), China (1), Colombia (1), Croatia (44), Cyprus (1), Denmark (1), France (8), Germany (13), Ghana (3), Greece (1), India (21), Ireland (2), Israel (1), Italy (16), Japan (1), Kenya (1), Lithuania (9), Macedonia (1), Malaysia (1), Malta (1), Montenegro (3), Netherlands (3), New Zealand (9), Nigeria (9), Norway (6), Pakistan (1), Philippines (4), Poland (24), Portugal (1), Romania (24), Russia (5), Serbia (11), Singapore (1), Slovenia (4), Spain (2), South Africa (1), Sri Lanka (2), Sweden (2), Switzerland (3), Tajikistan (1), Trinidad & Tobago (1), Tunisia (1), Turkey (1), Uganda (1), Ukraine (1), United Kingdom (23), USA (40).

予備選考の後、最終選考に当たり、作者の氏名、国籍、年齢、文化背景、宗教、居住地の自然状況など全く分かりません。しかしながら、どの句も初雪、立春、夏至、秋彼岸、冬至と移ろいゆく自然の中で繰り広げられる人生模様の一面に焦点を当てながら短い三行詩で表現されていました。新緑とともに生気が蘇った作者の句、満月の美しさに見とれ、あやしてもなかなか寝付かない幼児の母親の句、庭の初霜に祖父の足跡を測って、その大きさの発見を喜ぶ孫娘についての句を入賞作品として選考しました。作者はアメリカ、インド、パキスタンの俳句詩人でした。

国籍、民族、文化、宗教などが違っていても、俳句それ自体、読者の心に響き、心を打ち、心の中に残ります。俳句の持つ普遍性を再認識しました。

 

第4回国際俳句大会 概要

 

2018(平成30)年10月24日、秋田市にぎわい交流館において第4回国際俳句大会が開催されました。第7回日露俳句コンテストの入賞作品の紹介と表彰、さらに、10人の講師による講話、そして「未来の展望」というテーマのフォーラムが行われました。概要は下記の通りです。

 

 

秋田県知事賞

 

日本語部門の応募句187句の中から武藤鉦二さんの句が選ばれました。

秋田県知事賞 (AKITA PREFECTURE GOVERNOR’S AWARD)

 

一椀に潟のさざ波しじみ汁

 

武藤鉦二(秋田県)

Shoji Muto (Akita Prefecture)

 

In a bowl

ripples of the lake

Shijimi clam miso soup

 

 

トーク・コーナー: 「詩の国秋田の国際化のために!」

 

10名の講師による講話がありましたが、ワン・ポイント的に紹介します。

 

国際教養大学の国際的知名度        勝又美智雄(国際教養大学名誉教授)

 

 

2004(平成16)年、中嶋嶺雄初代学長の下で国際教養大学が開学。日本一の大学を目指し目標が達成されています。全国約800の大学中、学生数約900人の小規模大学ですが、教育力1位、国際性1位、学生の満足度1位という評価となっています。他にない教育施設として日本一美しい図書館が一日中24時間オープンしています。また、35カ国約180の海外の大学と提携を結び、留学を義務づけ単位の互換制度を設けています。さらに、しっかりした英語力を身につけるためには、しっかりした日本語力を身につけることをモットーにしています。

 

武道を通しての国際交流            七尾宗専(武道修練道場・北士館館長、俳人)

 

 

武道の「武」は戈(ほこ)=武器=を止めると書く。この字のごとく「武道とは争わないことであり、相手に争う心を起こさせないことです。そうすれば、もともと争い事が起きるはずがありません。精神の鍛錬こそが武道の神髄」という調和精神を以て中国、ドイツ、ロシア、アメリカなど世界各国で親善交流、実技指導や講演などで活躍しています。また、俳人として文武両道を究めています。新渡戸稲造の「武士道」の研究者。

 

日中友好のための草の根交流         石黒かほる

      (公益社団法人日本中国友好協会・全国女性委員会委員長)

 

 

日中友好団体の役割は政治体制や宗教を越えて文化や歴史の相互理解を深めるため、できるだけ多くの機会に顔と顔を見合わせながらコミュニケーションを取るための時間と場所を確保することではないかと考えています。「同じアジアの一員として中国と良き隣人でありたい」をモットーとして、「交流なくして友好なし、友好なくして平和なし」という思いを持って草の根交流「~違いを越えて触れ合い~」をしっかり続けて行こうと思っています。ここ2年間の県内外での事業や活動が紹介され、日中国交正常化45周年記念日中女性フォーラムへの参加、日中平和条約締結40周年「日中女性の集い」の開催、日中国交正常化45周年・秋田県日中友好協会設立65周年記念講演会&国慶節を祝う会の開催、浴衣で茶の湯を楽しむ会の開催、西施まつりへの参加など多彩な交流についてのお話がありました。各行事の始めに、秋田県日中友好協会の日中友好ソング「友好の翼」を全員で合唱し、心を一つにして行事を楽しんでいます。理解しあうことから信頼が生まれ、そして友情が育てられています。思いを繋いで絆を深める活動を続けたい。

 

「 秋田国際ハイクジャーナルSerow(かもしか)」の発行

グラフストロム・ベン  (秋田大学教育推進総合センター講師)

 

 

2016(平成28)年、秋田国際俳句・川柳・短歌ネットワークに加入。

2018(平成30)年6月、(ホームページ “Akita International Haiku Network(https://akitahaiku.com/)” から編集者としてジャーナル(機関誌)を発行。最初のページの上段の真ん中に“Serow : the journal of the Akita International Haiku Network”が出ています。ここをクリックすると下記のような内容が出て来ます。

Serow
Journal of the Akita International Haiku Network
ISSN 2434-1711 (online)

Serow is the official journal of the Akita International Haiku Network (AIHN). As such, it is a collection of the best haiku that have been submitted to the Japan-Russia Haiku Competition hosted annually by AIHN.

As we encourage Serow‘s use for educational purposes, downloading the journal is free of charge. Please cite the journal correctly and by using the correct web address (https://akitahaiku.com/serow) when referring to it.

Note:
・The “flat print version” has sequential pages and may be printed as-is.
・The “booklet print version” may be printed on BOTH sides of the paper (A4/ 8.5 × 11) and FOLDED to create a booklet.

 

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閲覧用

 

国内外における活動                 佐々木三知夫(秋田日ロ協会理事長)

 

 

1964(昭和39)年、早稲田大学第一商学部に入学、第2外国語としてスペイン語を学習。1966(昭和41)年7月、早稲田大学中南米研究会幹事長として日本学生キューバ友好視察団の団長をつとめ、カストロ首相と会見。キューバの青年たちとも交流。

現在、秋田日ロ協会は第3回産業文化交流団を組織、11月17日にウラジオストク市で開催される在ウラジオストク日本国総領事館主催のジャパンフェスティバルに参加とのこと。自ら軽トラックを運転して秋田を出発、鳥取・境港を10日出港し、韓国経由の国際フェリーで12日にウラジオストク市に到着する。現地で「男鹿しょっつる焼きそば」を振る舞ったり新技術を提案したりして、秋田の食文化や技術を売り込んでいく。メンバーの企業関係者らが21日まで、ウラジオストク市内の企業や商工会議所などを回る。秋田側からは畜産業者らに飼料や消臭効果がある「米ぬか酵母」などを売り込むほか、みそなどの原料の大豆、潟上市で盛んなつくだ煮作りに使うシジミのロシアからの輸入などの商談をする。さらに、ロシア沿海地方ロ日友好協会には秋田犬「力王(りきおう)」赤毛の雄を寄贈する。また、秋田県美容生活衛生同業組合が昔ながらの嫁入りを再現する「みちのく花嫁道中」を演じる。秋田港の再開発のためにロシア沿海地方との交流事業を展開し、対岸貿易の拡大を目指している。

 

詩の国秋田を割箸で築く!      齊藤心葉(割箸書画作家)

 

 

割箸で詩を書く。詩集『愛の心葉』を紹介。割箸で詩を書いているうち、自分の心の支えになることを体験。気を取り戻し元気になることを発見。詩歌療法として割箸で自分の心を表現しながら元気を取り戻す書画療法を開発。日本芸術療法学会や日本スピリチュアルケア学会などに所属しながら活動。割箸書画教室やセラピスト養成講座の教室、個展や展示会、被災地支援活動を三つの柱として活動している。八郎潟の詩、美の国秋田の詩、ふるさと秋田で生きる、生きていきたい今ここでという気持が表現されている詩などを朗読。秋田は自殺率が高いなど精神面で弱い面があるが、詩の国秋田で生きているということで自分の心を表現し、もっともっと元気になれる、もっともっと豊かになれることを信じて生きていきたい。

 

 

川柳句集の英語版を発信            菅原浩洋(川柳作家)

 

 

秋田県川柳懇話会会長、長谷川酔月さんの川柳句集『素敵な油断』を英訳する機会がありました。最初戸惑いましたが  R. H. Blyth の著書“A History of Haiku”を参考にして翻訳を試みました。

その一句。

指切りげんまん素敵な油断見てしまう

Linking each other’s finger,

A moment of a cute carelessness

Can be seen.

(酔月)

川柳の心を英訳する場合、直訳ではなく意訳が必要です。隠喩や風刺をいかに英訳するかに訳者の力量が問われます。英文法、特に、強調や省略の構文に熟達し、語彙力の豊かさが求められます。

英語川柳を書く作家の立場から言えることは、やはり川柳の本質である、おかしみ、穿ち、軽みなどをいかに英語で表現するかが肝要なところです。

その一句

墓参り家族の絆強くする

Visiting the ancestor’s grave,

Making the family ties

Stronger

(浩洋)

最近、英語川柳の創作に興味を示す女流作家や国語の先生が出て来ています。川柳を日本語と英語で楽しめるということは幸せなことではないかというコメントを同僚のエジンバラ大学を卒業された英語の先生からいただいています。今後も日本語の川柳だけでなく英語の川柳も作り、世界の皆さんと楽しみを分かち合いたいと思います。

川柳こそ人生批判の詩、歌であり、そこには人生哲学も含まれている。(R. H. Blyth)

 

短歌・英語短歌で秋田を発信           稲美里佳(歌人)

 

 

歌風

主として自然詠。短歌の多くは、花鳥風月という自然に自分を託して歌っています。文語体で日本語短歌を作り、できるだけ古語を使うようにしています。

英語短歌は空間を感じられる短詩になるように、無駄を省き、冗長にならないように心がけて翻訳しています。

 

WEB 上で短歌、英語短歌を発信する上での留意

 

短歌は多く写真付きで発信しています。

その理由は、一つに秋田県は山、川、田野という自然に富み、春夏秋冬、という四季の区別がはっきりした美しい風土です。短歌だけでなく写真でもその美しさを世界の友だちに伝えたいからです。

また、別の理由があります。日本と外国では、物の名前―例えば花の名前―が細部で花の色や種類が違う場合があるので、日本では、「Aというものは、こういう物だ」ということを写真で明示し、海外の読み手に視覚的に認識して頂くためです。

作品例①:Tanka by Rika Inamai 13-9

諸霊降りくる 葉月たち 忘れ草 炎炎と咲く 野辺を行きたり

https://akitahaiku.com/2018/08/18/

これは忘れ草(ヤブカンゾウ)の歌です。忘れ草は英語では、daylily といいます。日本の忘れ草はオレンジ色をしていますが、アメリカの方の話によりますと、daylilyは一般的に黄色い花ということでした。黄色い花だとすると、人間の魂、あるいはまた情念とでもいうようなものが「炎炎と咲く」、燃えるように咲くというイメージを、アメリカをはじめとし、果たして海外の読み手が抱いてくださるのかどうか疑問に思い写真を付けました。

 

なぜ日本語の事物名を英語名にしない場合があるのか

これは、短歌が日本発祥である自負と、日本文学、文化の基盤ともいえる日本人の感性、そして、そこからくるネーミングセンスを海外の読み手に伝えたいという思いからです。

例えば、花名の水芭蕉ですが、英語では、skunk cabbageです。同じように、座禅草もskunk cabbageです。

skunk は動物のスカンクですが、その印象は〈臭いにおいを放つ〉と思い浮かべる方が大半ではないでしょうか。

一方、日本の花名の水芭蕉から連想するのは爽やかな初夏、或いは、俳人の松尾芭蕉等ではないでしょうか。また、座禅草も、この花名から思い浮かぶのは、仏教の禅ではないでしょうか。このように、一つの物に付けられた英語名と日本語名の違いから、頭のなかで連想するものが随分異なると思います。

 例として山法師の歌を挙げます。英語名は (Japanese) dogwoodです。日本語は、法師という仏教の僧侶のイメージがあると思いますが、dogwood はどうでしょうか。直訳すれば、犬の木、となりますが、受ける感じが大分違ってくると思います。

天と地の間(あわい)のなかで山法師ひかりを享けて微塵かがよふ

https://akitahaiku.com/2018/07/28/

※ 山法師(ヤマボウシ)は、中央の球状の花序が僧侶の頭のように、そのまわりの4枚の白い総苞片が僧侶の頭巾のように見えるので、山法師と名づけられたといわれます。

Yamaboushi is “cornus kousa” in the academic name and its English name is Japanese dogwood. When it is translated literally, it is Mountain Bonze. It is said that cornus kousa is called Yamaboushi because the round inflorescence in the center looks like the head of a monk and four pieces of white involucre around the inflorescence looks like the hood of a monk.

 この歌は、山法師という花名だからこそ、日本語では、初句と二句目で宇宙を想起して「天と地の間(あわい)のなかで」と入れ、英語の結句では〈atoms sparkling〉と形而上と物理を止揚して詠うことができた作品でした。

以上のようなことに留意し、私は世界に向けて自作短歌を英訳し、また時には、物の日本語名をローマ字書きで使い紹介し、写真付きで楽しく発信しています。そして、世界の短歌、俳句愛好者も、私の短歌だけでなく写真も見て注釈を読まれ、日本文化の基盤と言えるものを多少なりとも感じとられ、楽しんでくださっているようです。

 

 ’02世界俳句フェスティバルin 雄和、そして、小説 露月と子規

                                        工藤一紘(石井露月研究会会長)

 

                                                

第7回日露俳句コンテストの英語部門でクロアチアからの応募数が68句ととても多かったことをうれしく思い、2001(平成13)年にロンドン大学で開催された世界俳句フェスティテバルと2002(平成14)年9月20日秋田市雄和で開催された「’02世界俳句フェスティバルin 雄和」にクロアチアから参加されたビスニア・マクマスターさんとの出会いを大変なつかしく想い起こしました。9月21日、有志で象潟へ吟行、蚶満寺境内でマクマスターさんを囲んでの車座の交流がありました。彼女は長い紛争でトラウマに苦しむ子供たちに対して、俳句を精神科のセラピーとして活用されている人です。

マクマスターさんは前日のコンファレンスで子ども部会終了後に、米英の研究者とともに地元の中高生と交流、三行詩からなる英語ハイクの一行だけを詠み、残りの二行を探し出すという「英語かるた」で交流を深めました。

2018(平成30)年7月8日さきがけ文庫『小説 露月と子規』が出版されました。初版の1000部がたちまち売り切れたとのこと。目下、第2版の出版の準備中とのこと。反響が大きく、11月3日には東京で、来年の2月19日には松山の愛媛新聞社で小説の背景と経緯について講演が予定されています。「’02世界俳句フェスティバルin 雄和」についてまとめた『俳人・石井露月』に次ぐ作品で一躍全国の脚光を浴びることになりました。

2013(平成25)年10月、ロシアの極東連邦大学での講演「露月の俳句」においては、紹介された俳句の中で下記の句が注目されました。

叫ぶものに皆いのちある吹雪哉

この俳句は聴衆に深い感銘を与え、「ロシアのチェ-ホフ」と評されました。医師として文学活動を行った点も共通しています。

3年後の石井露月生誕150年を機に、俳句王国松山市と詩の国秋田の県都秋田市が姉妹都市となり、ますますの俳句の発展が望まれるような未来図も描かれました。

 

ウェブサイトでの交流と反響           蛭田秀法

                (秋田国際俳句・川柳・短歌ネットワーク事務局長)

 

 

2009(平成21)年5月、ホームページ“Akita International Haiku Network”がウェブサイトに登場してから10年が過ぎ去ろうとしています。現時点で訪問者数(表示回数)244,809、投稿記事461、フォロワー291となっています。 記事の中での一番人気は固定ページ“What are Haiku, Senryu and Tanka?”で、ウィキペディア「川柳」の英語版で参考資料として取り上げられています。国内外14カ国の読者から80冊有余の英語の句集や歌集が郵送されて来ています。和訳を添えていただき、ウェブサイト上で日本の短詩人の方々に作品を鑑賞していただきたいというメッセージが届いています。

 

フォーラム 未来の展望

 

「詩の国秋田」の未来を展望する前に『菅江真澄遊覧記』の「雪の秋田根」を通して216年前の二の股(北秋田市阿仁)の出来事を振り返ります。

1802(享和2)年10月16日 菅江真澄は森吉山に登山。二の股の部落に11月29日まで滞在。

11月30日 山の主である荘内某について、千代倉・山猫などの、7尺、8尺と雪がふりつもって、いく重にもかさなる深い山越えをしようとよじのぼっていった。二の股峠の頂から、露が散るほど小さい雪の塊が、土くれが転がるように落ちはじめたかとみるまに、卵ほどの大きさの礫となり、それがわらふだ(さんだわら)の大きさにひろがり、なお岩が崩れかかるように落ち重なって、やがて岩面にうち砕かれて、さっと散った。・・・・・

深雪をかきわけ、ふみしめ、ふみならしながら下り、かつひらの不動堂に近いという千長が滝も、きょうのひどい吹雪に行ってみることもできず、この一の又(北秋田市阿仁)の釜の沢にある戸塚という宿についた。夜がふけるまで語らいながら、炭をさしそえ、そばむぎの粉をつくって、これを召し上がりなさいと主人はすすめ、

濁らぬはこころばかりの蕎麦湯かな   鶴歩

すびつ(炭櫃)に更けてあたたまる宿  真澄

と詠み、夜もふけていった。(抜粋)

注:東洋文庫99 平凡社『菅江真澄遊覧記4』菅江真澄著 内田武志 宮本常一 編訳

 

 

当時、阿仁においては客に対して俳句が詠まれ、主人の発句に対して菅江真澄は付け句でもって応答し、連俳を楽しみました。

1689(元禄2)年松尾芭蕉が「奥の細道」の道中、象潟を訪れてから113年後の出来事でした。

近年、海外では俳句の人気が高く、数十カ国でハイク(haiku)というジャンルで自国語と英語で短い三行詩を詠む人が多くなっています。50年後、あるいは100年後、海外からの訪問客を迎えて、菅江真澄が阿仁を訪問した時のようなコミュニケーションが英語ハイクを詠みながらなされるような気がしてなりません。

 

記念作品

 

切符置く無人駅舎の十七夜      工藤一紘

神の橋赤とんぼたちなお栄えて    安倍彩矢

母を抱く私の海が満ちるよに     藤 咲子

夫婦道ときおり見える内輪差     川越柳伸

それぞれの道にプロがいて一家言   小松隆義

あっぱれに咲く朝顔のこぼれ種    長谷川酔月

来る八十路夢と希望の好奇心     利部敬次

出発(たびたち)の朝雨やみて雲退(ひ)かむ秋なほ窮み寂(さび)色のます

稲美里佳

 

Akita, homeland of poem

Inspires to develop

Unchained heart and mind

 

Michio Katsumata   Initialに AIU を入れてみました

Professor Emeritus Akita International University  勝又美智雄

 

熱燗傾ける露月と子規の縁ほど      千技子

 

 

佐竹藩の俳句事情

 

1838(天保9)年、村木六郎兵衛は俳号を「其友(きゆう)」と称し、山崎権六の後任として藩命によって58歳の時に阿仁真木沢銅山支配人から院内銀山支配人へと転任しました。

「真木山支配人村木六郎兵衛殿、当山へ転役仰せ付けられ、今日着山致し候」(『門屋養安日記』天保九・四・一五)。夫婦の墓は西光寺跡にあります。

前任地阿仁鉱山では、句会が盛んに行われており、支配人として俳句を重視していました。阿仁鉱山とその地域は当時、俳句の文化が発達していたことは紀行家・菅江真澄の著作『雪の秋田根』からも伺えます。宿泊した家で主人と連俳を楽しんでいます。この他、『万家人名録』『俳諧秋田人名録』『古今墨蹟集』といった江戸期の文献にも阿仁の俳人の名前が多く記述されています。阿仁の俳諧熱が高まったのは、阿仁鉱山が佐竹藩の直山(じきやま)になる際、藩主、家老、奉行といった当時の文化人が手ほどきをしたことも理由の一つに考えられます。江戸期の俳句隆盛に貢献した人々は、阿仁鉱山視察の様子を記した『阿仁紀行』の著者で勘定奉行の重職についた「平元幾秋」、秋田俳壇に全盛期をもたらした俳人「吉川五明」、阿仁鉱山に多くの門人がいた町奉行「秋山御風(ぎょふう)」などがあげられます。三枚に残る芭蕉句碑は、阿仁で俳諧が発達した歴史を裏付ける貴重な史跡でもあります。

 

 

養安日記を通して、六郎兵衛が転任して半年経った頃から句会が盛んに開かれたことが知られています。院内銀山の俳句活動は其友以前から盛んであったが、其友の来山はその傾向をますます増大したものと言えます。

支配人として藩の厳しい増産体制を担いながら、人々の心のふれあいを求めて俳句に情熱を傾けた其友の生きざまの中に、激動転換期の時代を心豊かに生きようとした姿が浮かび上がって来ます。なによりも俳句は挨拶句として、また、コミュニケーションのきっかけとして相互理解を深めながら、交友が広がったようです。

1842(天保13)年3月13日「芭蕉翁碑」が建立者24名により十分一に建立された。其友を中心に「其友社中」が形成されていたらしく、「つゆのあぢ」という其友追悼の俳諧集に記載されている其友の俳友は、北は北海道から南は日向(宮崎県)に至るまで、204人の多くにのぼり、交友の広さに驚かされます。

ふみたらぬ落葉の中の日和かな

風呂に居て聞直しけり除夜の鐘(遺吟)

 

 

現在、阿仁異人館・伝承館と院内銀山異人館において俳句関係の資料があります。

 

詩の国秋田 ―2018.Vol.10 (Memorial Number)―

発行日       平成30年11月24日 

Published in  November 24, 2018

発行所    秋田国際俳句・川柳・短歌ネットワーク

Published by  AKITA INTERNATIONAL HAIKU NETWORK

 

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