年会誌『詩の国秋田 : Akita – the Land of Poetry 』第4号のEパンフレットによる発刊にあたり、秋田大学名誉教授・文学博士石川三佐男先生から次のような玉稿を賜りました。 (『詩の国秋田』2012.9.3 vol.4 電子版「https://akitahaiku.wordpress.com/」掲載) 露月山人、衆目には見えない「赤い糸」を詠む 秋田大学名誉教授(文学博士) 石川 三佐男 【緒言】平成六年(1994)十二月、筆者は能代市の成田建さんから落款に「露月山人題」とある漢詩句の書(軸物一幅・成田家蔵)の訳読を依頼されたことがある。訳読を通じて分かったことだが、この書は明治三十年ころ成田建さんの祖父母結婚時の祝賀詞であるらしい。参考までに、この作品は「雄和の文化財」第七集『石井露月遺墨集』(昭和六十三年)には収録されていないことを言い添えておこう。 【原詩句】解不解可解不可解維花兮維容兮沈香亭北倚欄干 露月山人題(印) 【訓読文】解けんとして解けず、解くべくして解くべからず 維(こ)れ花、維れ容(すがた)、沈香亭の北のかた欄干(おばしま)に倚(よ)る 露月山人題す 【語釈】○解不解―「解」はともに「とける」と読む自動詞。愛の契りや楽しい想い出などが自然にとけ消える意を表す。その主体は実は目に見えない「赤い糸」に他ならない。○可解不可解―「解」はともに「とく」と読む他動詞。愛の契りや楽しい想い出などを意識的にとき消す意を表す。「解不解可解不可解」は頼山陽の漢詩文及び中国古典が典故。その主体が霊妙な「赤い糸」となっている点は露月山人の発明だろう。○維花兮維容兮―「維」は助字で「これ」と読み、句の初めや中間に用いて語調を整える。「兮」は韻文の句中や句末に用いて語調を整え余情を添える助字。「花」「容」は誇れる名花(芍(しやく)薬(やく))と佳き人の姿。新郎新婦に呼びかける詩的措辞となっている。句末の典故から推せば、第一義的には唐の玄宗皇帝と楊貴妃を表す。第二義的には成田建さんの祖父母結婚時の幸せに満ちた容姿を表す。○沈香亭北倚欄干―唐の玄宗皇帝が楊貴妃を得て「沈香亭」(宮中の庭園にあったあずま屋)の北で欄干(おばしま)にもたれ、芍薬の花を賞(め)でつつ永遠の愛を契り楽しんだという意。この句は李白の清平調詞第三「名花傾国両相歓~沈香亭北倚欄干」が典故。露月山人が詩仙李白の詩に精通していた一面を示す。○露月山人題―露月山人がこの祝詞を作り揮毫した。 【口語訳】愛の契りや想い出は永遠にとけ消えないものである。消そうとしても消すことができないものである。(見よ)この名花と良人は、あの唐の玄宗皇帝と楊貴妃が沈香亭の北のかた欄干にもたれ、芍薬の花を賞(め)でつつ永遠の愛を契り楽しんだという故事そのものだ。 【主題】明治期に「赤い糸」で堅く結ばれた能代の成田夫妻の夫婦愛の美しさと永遠性を祝福し、兼ねて唐の玄宗皇帝と楊貴妃の愛の契りを例示して錦上花を添えている点にある。 【結語】本作品は目に見えない「赤い糸」を色彩を表す文字を一切用いず鮮やかに描出している。これは世阿弥『風姿花伝』の、いや露月山人流の「秘すれば花なり」ということなのだろう。 (2012年8月14日 識之) 玉稿は9月22日(土)に開催される「日露俳句大会」秋田大会のお祝いとしてご恵贈賜りました。 さらに、大変うれしいことに石川先生には当大会で記念講話もお願いできました。 大会要項は次の通りです。 日露俳句大会(要項) はじめに 平成23年9月末、秋田国際俳句・川柳・短歌ネットワークの主催によりロシア沿海地方の州都ウラジオストク市で俳句を通じた文化交流を行った。秋田県、国際教養大学、国際俳句交流協会、日航財団の支援と、現地でのウラジオストク日本センターと極東連邦大学の全面的な協力のお陰で画期的な文化交流となった。 東方学校で俳句レッスン、極東連邦大学で俳句ワークショップ、ウラジオストク日本センターでは俳句の講演を行った。 交流は反響を呼び、極東連邦大学で日本語と日本文学を専攻している学生や、ウラジオストク日本センターで日本語と日本文化を学んでいる市民の間に俳句に対する興味関心が起こり、俳句熱が一気に高まった。 結果として、本年5月に日露俳句コンテストを開催。9月に秋田、ウラジオストクの両市で日露俳句大会を開催することになった。 本年は石井露月生誕140年に当たる年であることから、露月の偉業を記念すると共に、日本とロシアの友好親善を深めたいと考えている。 俳句大会が秋田、ウラジオストクの両市で開催されることにより、文化交流の基盤が確固としたものになり、俳句を通じた市民レベルでの日露文化交流が一層活発になることを期待しております。 秋田大会 9月22日(土) 俳句大会 13:30 ~16:30 会場 ジョイナス(秋田県民会館に隣接)千秋公園(吟行) 日程 開会 … Continue reading 『詩の国秋田』 第4号 「露月山人、衆目には見えない 『赤い糸』 を詠む」
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『詩の国秋田』にちなんで (6) -鎮魂と慰霊-
平成23(2011)年8月発行の『詩の国秋田 : Akita – the Land of Poetry 』第3号には、秋田県教育委員会教育長米田進氏から巻頭言を賜りました。 秋田国際俳句・川柳・短歌ネットワーク理事長幸野稔氏(秋田大学名誉教授)と秋田大学名誉教授・文学博士石川三佐男氏からも玉稿を賜りました。 米田教育長は次のように述べています。一部を紹介します。 「グローバル化が進展するこれからの社会を主体的、創造的に生き抜くためにも、コミュニケーション能力や表現力、情報活用能力を高めていくことがますます大切になってきます。俳句・川柳・短歌を英語で表現することを通し、国際交流を重ね、地域の文化、人々の思いを発信できるということは、これからの郷土秋田を支え、世界に羽ばたく人材を育成するうえで、大変有意義なことであります。」 次に、幸野理事長と石川先生の玉稿を紹介します。 最後に、当ネットワークに世界各国から「東日本大震災」へのお見舞いやお悔やみ、祈りや激励を表すメール、ハイクや俳画、短詩などが寄せられ、その一部を紹介します。 当ネットワークでは「Haiku about the Great East Japan Earthquake(震災句)」というテ-マで4月30日からお寄せいただいた作品を13回のシリ-ズで毎週土曜日に掲載しました。 次のサイトがそのシリーズです。 https://akitahaiku.wordpress.com/2011/04/30 https://akitahaiku.wordpress.com/2011/05/07 https://akitahaiku.wordpress.com/2011/05/14 https://akitahaiku.wordpress.com/2011/05/21 https://akitahaiku.wordpress.com/2011/05/28 https://akitahaiku.wordpress.com/2011/06/04 https://akitahaiku.wordpress.com/2011/06/11 https://akitahaiku.wordpress.com/2011/06/18 https://akitahaiku.wordpress.com/2011/06/25 https://akitahaiku.wordpress.com/2011/07/02 https://akitahaiku.wordpress.com/2011/07/09 https://akitahaiku.wordpress.com/2011/07/23 https://akitahaiku.wordpress.com/2011/07/30 7月16日には、国際俳句交流協会(有馬朗人会長)がホームペ-ジに掲載した「3.11.Haiku」の記事を当ネットワークでリンクしました。 http://www.haiku-hia.com https://akitahaiku.wordpress.com/2011/07/16 最後になりますが、ここで改めて世界各国の詩友の皆様に敬意と感謝の念を表しながら、 東日本大震災でおなくなりになられた方々のご冥福をお祈りいたします。 合掌 The next … Continue reading 『詩の国秋田』にちなんで (6) -鎮魂と慰霊-
『詩の国秋田』にちなんで(5) -石川三佐男先生の卓見-
平成22(2010)年8月発行の『詩の国秋田 : Akita – the Land of Poetry 』第2号には、秋田県知事佐竹敬久氏と秋田大学名誉教授(文学博士)石川三佐男氏から玉稿を賜りました。 最初、佐竹県知事の巻頭言を紹介します。 佐竹秋田県知事は次のように述べています。一部を紹介します。 「秋田の地から『英語ハイク』を世界に発信しようという趣旨で本誌を発行したとのことであり、皆様の活動が、秋田の文化を世界に発信することで、地域社会や国際交流に大きく貢献されていることに対し、深く敬意を表します。 ご存知のとおり、『秀麗無比なる鳥海山よ』ではじまる秋田県民歌の第一番は、『山水皆これ詩の国秋田』という言葉で結ばれます。この県民歌を聴くたびに、秋田は自然や文化がそのまま詩となる美しい地域であるという思いを強くするのであります。秋田のこの美しい原風景が俳句や短歌などの短い言葉に載って世界に伝わり、国内外との交流や絆が大きく育っていくことを願っております。」 次に、石川三佐男先生の玉稿を紹介します。 赤星藍城の「孔雀窟旧製」に見る典故の活用美について 石川 三佐男・秋田大学名誉教授(文学博士) 赤星藍城(1857~1937)は宮城県生まれ。秋田に縁の深い医家・書家として知られる。 書家としての本領は『藍城遺墨帳』に結実している。藍城は漢詩の名手でもあった。漢詩の生命線は「典故」活用力にかかっている。以下その視点から藍城の詩才を見てみよう。 「鮫人之室」(鮫室・鮫人之宮とも)という故事がある。南海の水中に居る伝説的人魚(鮫人)の部屋、また宮殿を意味する。この人魚は機織りに長け、よく泣き、泣けば泪が珠(魚珠)となる、そのうすぎぬ(鮫?)は衣服にすると水に入れても濡れないとも言われる。現代の一流水泳選手がこれを入手したら世界新続出となるだろう。出典は漢代の『述異記』下編。「水浄露鮫室、烟消凝蜃樓」(孫佐輔・望海詩)、「居然月宮化鮫室、坐見月中清泪滴」(楊維楨・奔月卮歌)等は「鮫室」や「魚珠」の故事を活用した歴代の作品例である。 藍城も「鮫室」の故事を活用している。詩は男鹿半島の奇観「孔雀窟」を謳ったもの。孔雀窟は近隣の「蝙蝠窟」と並んで神話・伝説にも富んでいる。「孔雀窟旧製」と題する軸物一幅の書作品(七言絶句)は現在、秋田市立千秋美術館蔵となっている。 絶壁千尋挟水懸 絶壁千尋、挟水懸かり 虹霓雙架影横天 虹霓雙架し、影、天に横たはる 紅暾晨上青龍臥 紅暾、晨に上れば、青龍臥し 海霧晴来鮫室前 海霧晴れ来たる鮫室の前に 男鹿半島の断崖は千尋の深さがあって絶壁には小脇に抱えられたように滝水が白い糸となって細くぶら下がり、真上には虹が雌雄七色、橋のように架かって、虹橋の影が天空に大きく横たわっている。早朝、紅色に染まった太陽が昇りはじめると、天空に架かっていた雌雄七色の虹と海一面に立ち込めていた朝霧は次第にその姿を消滅して一面晴れはじめ、やがて鮫室(孔雀窟)の前まで迫るよう刻一刻と晴れ渡ってきたことであった。 詩の見どころは男鹿半島の断崖絶壁の景と天空に横たわる美しい虹の橋による立体的景観美。「孔雀窟」の正面で繰り広げられる「紅暾」(旭日)の昇天と「青龍」(虹)と「海霧」の消滅。また明光の到来によって刻一刻と変化する自然界の荘厳な景観美など。圧巻は結句に見える典故の活用美。狙うところは男鹿半島の奇観(孔雀窟)と中国古代の霊妙な人魚伝説(鮫人之室)の時間軸地理軸を超越した宇宙規模的融合だ。狙いは的中し、藍城の「孔雀窟旧製」は秋田漢詩一万編の質の高さと「山水皆詩の国秋田」(県民歌)を体現する見事な作品となっている。ここには秋田再生のヒントがあることも見逃せない。 今年初め、筆者は千秋美術館から依頼を受けて「赤星藍城筆『孔雀窟旧製』訳読」等の報告書を回答したことがあった。本稿はその成果によっている。 (平成22年6月14日、識之) 石川先生は、「詩の国秋田」は、実は「漢詩の国秋田」であったとおっしゃっています。 平成22(2010)年9月に発行された『旭水』第34号に「秋田の教育と文化に寄せて」というタイトルで石川先生の玉稿が掲載されています。 一部分ですが、その抜粋を紹介します。 「江戸期の秋田の教育や文化を象徴する作品として秋田人士による漢詩文が約一万編あります。天下の水準を遙かに傑出した作品が少なくありません。」 今や21世紀、「詩の国秋田」がどのような文化を築いていくか、楽しみであります。 … Continue reading 『詩の国秋田』にちなんで(5) -石川三佐男先生の卓見-